日本時間の3月10日、米マジック：ザ・ギャザリング公式サイトより背景世界記事であるMagic Story『空ろな、無慈悲な目をしたものが』が公開されました。

人類を守護するべく作られた天使・アヴァシン。そんな彼女に、そしてイニストラードに、今何かが起ころうとしています。殺戮が始まるのです。

要約

大天使アヴァシンの帰還によって繁栄を取り戻した人類、それでも彼女は人類の守護者のままだった。ある日彼女は強い祈りを聞き届け、ガヴォニーのとある森へと急行する。祈りの主……母親ケルセによれば息子のメイリが森へ入ったまま帰ってこないらしい。その力を以って森を照らし、すぐさまメイリを見つけ出すアヴァシン。森の外れで子供を母親に届け、帰還しようと上昇した一瞬――黒い、暴力的な思念が心の内より彼女を襲った。『人の種は腐っている』。続いて脳裏に映る「謎の文字が刻まれた浮遊する尖った石」。彼女はすぐさま振り返るが、攻撃を仕掛ける高位の吸血鬼や悪魔の姿はどこにもなかった。思念は彼女を苛み続ける。

獄庫にアヴァシンが幽閉されていた事実を知り、アヴァシン教の敬虔な信徒であるメイチャーはその信仰を揺るがせていた。本物の神が幽閉などされるだろうか。しかし教会の中庭で帰還したばかりのアヴァシンに出会うと自身を恥じた。アヴァシン様が揺らいだ信仰を正してくださるに違いない、期待する彼に予想外の問いが投げかけられる。「そなたは、純粋ですか？」疑いも晴れ、純粋であると答えるメイチャー。しかしアヴァシンは彼の言葉を抑えつける。生を受けた存在が純粋であるはずがない、何故人間は簡単に私への信仰を失うのか、と。メイチャーは見た。一瞬、彼女の目を墨色の暗黒が覆ったのを。羽の縁を紅く染め、槍の先から火花を飛び散らせるアヴァシン。何かがおかしい。「より面白い質問をしましょうか」彼女は続ける「……私はそなたへの信仰を失ったのでしょうか？」。恐怖のあまり失禁し、身を丸くして目を瞑る。彼の顔を羽がかすめ、そしてアヴァシンがその場から立ち去るのを感じた。しかし、怯える彼が再び目を開いたのは既に夜が明けた後だった。

元狼男のリオントは「呪い黙らせ」で完全に人間化した数少ない例である。現在は制御出来ない自分や、それをもたらす月に怯えることもなく家族と平穏に過ごしている。ある朝、妻のヒルデが妙な言葉を口にする。「扉が叩かれても、開けないで」。娘も同様に口にする。「扉が叩かれても、開けないで」。息子も口にする。「扉が叩かれても、開けないで」――頭の中に扉を叩く音が鳴り響く。うるさい、やめさせなければ。ありもしない取っ手を握る。『開けないで』。ありもしない取っ手を回す――気が付くと、彼の目の前には妻の死体が転がっていた。リオントの手は、血に塗れていた。呪い黙らせが失われていたのは明らかだった。直後、混乱する彼の前に突如アヴァシンが現れる。懇願も聞き届けられず、彼女は槍から放つ熱線でリオントを焼く。彼は思った、アヴァシンは自分が他の家族に手をかけるのを止めてくれたのかもしれない。最後の力を振り絞り声を出す。「慈悲を、どうか、慈悲を、俺の……」家族を救ってください、と。「正義を！慈悲などない」熱線は彼を焼き尽くした。

高位の天使である鷺群れのシガルダは嵐の到来を感じていた。世界中から暴動や殺戮の報告が上がっている。一体何が起こっているのだろうか。私室で思案に耽っていると姉妹同然である天使のギセラとブルーナがやってきた。様子が奇妙だ。「ただ、話がしたくて」そう言う彼女たちは明らかに戦闘の態勢だった。身構えるシガルダ。と、そこにアヴァシンが舞い降りる。偉大なることが行われようとしている、そう語る彼女の瞳はいつもの純白ではなく黒くひらめいていた。シガルダはかつて悪魔と同盟を結んだためにアヴァシンによって滅ぼされた四人目の名も無き姉妹のことを思い出していた。私も彼女のようになってしまうのだろうか。人間の罪は怪物たちのそれに等しい、そう語るアヴァシン。だがシガルダは同時に彼らが美しい面も持ち合わせていることを強く感じていた。「永遠の光を」二人の姉妹が言った。いずれ貴方の力が必要になる――アヴァシンはギセラ、ブルーナを連れて飛び去っていった。シガルダは名も無き四人目の姉妹を想い、彼女達との戦いを決意するのだった。

数カ月前アヴァシンに息子のメイリを救われた母、ケルセは再び消えたメイリを探していた。探検好きの息子を村外れで発見し、抱きしめるケルセ。直後、不意に村を照らす松明が全て消えた。上がる悲鳴。空を見上げると、天使達が飛んでいた。天使たちが、村を焼いている。咄嗟に、息子に森へと逃げるように諭すケルセ。メイリは涙を溜めながらも森へと駆けていった。天使が邪悪に取り憑かれたのか、それとも彼女たちが偽物なのか、ケルセには分からなかった。ただただ息子のため、かつて救いであったアヴァシンへと祈る。しかしアヴァシンは、既にそこにいた。その瞳を黒く、翼を紅く染めて。アヴァシンは村を破壊していた。「どうして私達を見捨てたのですか！」叫ぶケルセ。「大いなる行いが始まる」アヴァシンは彼女に槍を向ける「全てを清めねばなりません。全てが純粋でなくてはなりません」。槍の先端が赤と黄金の光を放つ。ケルセは目を閉じ、息子を想い――そして呆気無く塵となった。アヴァシンは清められていく世界を見て、声を立てて笑った。

用語解説

アヴァシン/Avacyn[天使]
大天使アヴァシン。アヴァシン教のシンボルにして人間種の守護者。突如としてイニストラードに現れ闇の勢力に滅ぼされかけていた人間側に加勢、天使の軍勢をもって均衡を取り戻し、以後も人間を守り続けている――が、その正体はプレインズウォーカー、ソリン・マルコフの被造物である。人間の絶滅による吸血鬼の食糧（血液）枯渇を防ぐべく、彼の「プレインズウォーカーとしての大事なもの」を代償として生み出された。イニストラード世界において、その事実を知るものは極僅か。現在は謎の妄執に取り憑かれ、人間に対する殺戮を行っているようだ。

獄庫/Helvault[アーティファクト]
アヴァシン教会の庭園にそびえる歪な鋳塊。アヴァシンの次に神聖な力を持つと言われるその物体の正体は、敵味方を区別なく閉じ込める永遠の牢獄である。アヴァシンはこれを利用して再生してしまう悪魔たちを封じ込めていたが、大悪鬼グリセルブランドとの戦いで相打ち、共に幽閉されてしまう。その後プレインズウォーカー、リリアナ・ヴェスのグリセルブランドを殺すという個人的な目的によって破壊された。

呪い黙らせ/Cursemute[魔法]
狼男の呪いはアヴァシンの力を以ってしても完全な解呪が不可能であったため、彼女は人類の守護者となることを誓う狼男達の呪いを一部組み替えることで獣性と人間性を統合しウルフィーへと変えた。その影響を及ぼす神聖な魔法の波を呪い黙らせと呼ぶ。かつてヴェールの呪いに苦しめられていたプレインズウォーカー・ガラクを（解呪には至らなかったが）窮地から救ったのもこの波である。

シガルダ/Sigarda[天使]
アヴァシン教会における「空翔ける白鷺」と呼ばれる人々を生命の危機から守護する階級、その最高位である「鷺群れ」の天使。同じく「空翔ける黄金夜」の最高位ギセラ、「空翔ける雪花石」の最高位ブルーナ、そして名も無き四人目の天使は同じ場所で同時期に誕生したため人間達から姉妹と認識されており、また本人らも血縁程ではないにせよそれに遜色ない繋がりで結ばれている――筈であった。

関連リンク

『イニストラードを覆う影』物語アーカイブ – MTG米公式サイト
次元概略：イニストラード – MTG米公式サイト

ソース

空ろな、無慈悲な目をしたものが – 米MTG公式サイト